ファッションに対して思っていたこと
私がファッションに対して抱えていた感情は少し歪んでいた。
30代になる少し前くらいまでは、「洋服を通じて自己を表現している人は詰まるところ、すべからく自己認識に何かの課題を抱えており、自尊心が低い傾向にあり、ファッションという手段を通じて自己防衛することにより他者からの印象、評価を高めようとしている人である」といった認識だった。
また、別角度の話として「特定のスポーツチームを年間を通じて応援し続ける人」についてもおおよそ同じような歪んだ認識をしており、「自己実原が自分の人生において達成できなくなった、もしくは、諦めていたところに特定のスポーツチームが現れ、自分の夢の投影、自己実現の置換先としての現実逃避行動」であるとすら思っていた。
ファッションとは何なのか
現在まで約35年を生きてきた感想として、前段のファッションやスポーツに対する捉え方は非常に視野が狭い考え方だったと認識している。ファッションにしろスポーツにしろ「熱」があるところには理由があり、理由があれば再現性があり、再現性があればビジネスになりえるということだ。私としてはファッションの意味を4つに分類して捉えている。
①生活必需(防寒・吸湿など、生命維持と社会活動に必要な要素)
②意思表明(主義主張、所属、支援団体などを表す意思表明)
③自己実現(自身の気分を高めることを目的とした選択)
④コミュニケーション(TPOに合わせた選択)
ユニクロを買うという選択が意味すること
私は20代後半から最近まで、ユニクロ・GUを中心とした、価格的にもデザイン的にもミニマルな服装をチョイスしてきた。とあるイベントでオーダーメイドスーツの仕立て業を行なっている企業の代表と話した際、「ユニクロを買えば買うほど日本のデフレは進行していく」というコメントがあった。この内容は私を深く考えさせ、今でもユニクロを買う際の検討軸とモチベーションに大きく関わっている。
ユニクロを買うとデフレが進行する、というのは言い過ぎかもしれないが、一方で同じような型を生産している国内のファクトリーブランドが選ばれなくなるのだとすると、国内生産のブランドは縮小せざるを得ない。そうしたストーリーを含めてブランド化し、ファンベースを構築したのがwafuであり、2万円近いカットソーが発売後に即完売する熱狂的なプロダクト製造の一連流れは、学ぶべき成功事例と捉えている。
意味のあるデザイン、意思のある服選び
前述したwafuの代表がアウトレットでグッチの上下スーツを買い、何に対して価値がついているのかを説明する、という動画がYouTubeで45万回以上再生されていた。タイムレスなスタンダードを極めんとする千場義雅スタイルと対照的な、グッチやプラダなどの「あえてデザイン」された洋服のディテール。これも上記4分類の中での②③に該当し、時には④にも当てはまるものといえる。
服を選ぶという意思決定の中においてもコンセプトをしっかりと持ち、①〜④のどれに当てはまるものなのかを明確にしはじめたことで、ファッション自体の捉え方が変化していく実感を覚えた。
ユニフォームの決定
まだ出来ていないがいずれ成し遂げたいと思っている事として「ユニフォームの決定」がある。自分といえばこの服、という基準になるような服をユニフォームとして定義する。ユニフォームと比較してどういった位置づけ、パラメータのファッションなのかという「へそ」になる部分を見出していきたいと考えている。現時点では与えたい印象x機能性というだけの2軸になっているが、ここにブランドコンセプトやストーリーが乗ってくると深度があって良いと感じている。
この辺りの感覚は時間を追いながらアップデートしていきたい内容。
0コメント